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AI時代!子どもに育てたい「問いを持つ力」

友達から「これ、どう思う?」と

一本の動画が送られてきた。



内容は、

子どもが学校の宿題や課題にAIを使っているという話。


AIに人権標語を作ってもらい、

それが賞を取った。

調べ学習も、AIに聞けば一瞬で終わる。

作文も、発表も、まとめも、

AIがそれなりに形にしてくれる。


今の子どもたちにとって、

AIはもう遠い未来のものではなく、

すでに日常の中にある。


私はその動画を見て、

思った以上に考え込んでしまった。


AIを使うこと自体が悪いとは、まったく思わない。

むしろ、AIは本当にすごい道具だと思う。


わからないことを調べたり、

考えを整理したり、

伝わりやすい文章に整えたり。

使い方によっては、

自分の思考を広げてくれる最高の相棒にもなる。


でも、動画を見ながら私が引っかかったのは、

AIを使っていることそのものではなかった。



問題はそこに 「自分」がいるのかどうか


「〇〇について調べて」

「いい感じにまとめて」

「宿題を終わらせて」


それで終わってしまうなら、

AIはただの時短ツールになる。


早く終わる。

きれいにまとまる。

それっぽい答えが出る。


でも、その過程の中に、

本人の疑問や違和感や考えがなければ、

そこに学びは残るのだろうか。


動画の中で、

AIを使わずに人権標語の賞を取った子が、

なぜAIを使わないの?と聞かれ、

印象的な一言を言っていた。


「意味ないから。」


私は、この一言にすべてが詰まっている気がした。


AIを使って賞を取った。

結果だけ見ればすごい。


でも、その言葉は

自分の中から出てきたものではない。

自分で悩んで、考えて、

言葉にしたものではない。


だから、本人の中には残っていない。


それは、たぶん子ども自身がいちばんよくわかっている。


AIで出した答えが評価されたとしても、

それが自分の中を通っていなければ、

本当の意味では「自分のもの」にならない。


逆に、AIを使っていても、

自分の中に問いがあれば、まったく違う。


たとえば、人権標語を作るとしても、


「人権って、そもそも何だろう?」

「どういう言葉で人は傷つくんだろう?」

「私はどんな社会だったら安心して生きられると思うんだろう?」

「このテーマの中で、自分が一番気になるのはどこだろう?」


そういう問いがあったうえで、AIに聞く。


情報を集める。

いろんな見方を知る。

自分の考えを整理する。

伝わりやすい表現を一緒に考える。


それならAIは、

思考を奪うものではなく、

思考を深める道具になる。


同じAIを使っていても、


答えを丸投げするために使うのか

自分の考えを育てるために使うのか


ここには大きな差がある。


そしてこの差は、これからの時代、かなり大きくなっていく気がしている。


AIがどんどん賢くなれば、

きれいな文章を書くことも、

正解っぽい答えを出すことも、

それなりの資料を作ることも、

どんどん簡単になる。


そうなると、完成品だけを見ても、

その子が本当に考えたのかどうかはわからなくなる。


だからこそ、これから大事になるのは、

完成した答えよりも、

そこに至るまでの過程なのだと思う。


何に引っかかったのか。

どこをもっと知りたいと思ったのか。

どんな問いを持ったのか。

AIの答えを見て、自分はどう考えたのか。

そこから、さらにどんな問いが生まれたのか。


学びの本質は、たぶんそこにある。



哲学的な問いを持つということ


私は、これからの時代に大事なのは、

AIを仕事や勉強の効率化のためだけに使うことではなく、

哲学的な問いを持ってAIを使えること

なんじゃないかと思っている。


哲学的な問いというと、

少し難しく聞こえるかもしれない。


でも、私が言いたいのは、

「人生とは何か」みたいな壮大な問いだけではない。


「人権って、そもそも何だろう?」

「なぜ人は、評価されると嬉しいんだろう?」

「勉強って、何のためにするんだろう?」

「正解があるって、どういうことなんだろう?」

「自分の言葉で考えるって、どういうことなんだろう?」


そういう、

日常の中でふと引っかかる問いのこと。


AIは、答えを早く出すためにも使える。

仕事を効率化するためにも使える。

それはそれで、とても便利だと思う。


でも私にとって、

AIの本当のおもしろさはそこだけではない。


自分の中にある問いを投げてみる。

返ってきた答えに対して、


「いや、そこじゃない」

「それはちょっと違う」

「でも、この視点はおもしろい」


と考える。


そうしているうちに、

最初に持っていた問いが、

少しずつ形を変えていく。


新しい問いが生まれる。

自分が本当は何に引っかかっていたのかが見えてくる。

自分の価値観が、少しずつ言葉になっていく


私は、その過程がめちゃくちゃおもしろい。


AIを使うことで、

人生がうまく運ぶとか、

仕事が早く終わるとか、

生産性が上がるとか、

そういう話ももちろんある。


でも、それだけじゃなくて。


AIを、自分の中の問いを深める相棒として使えたら、

世界の見え方そのものが変わる。


「なんで?」

「本当にそう?」

「私はどう感じる?」

「そもそも、これは何を意味している?」


そうやって問いながら生きることは、

たぶん人生を効率よく進めるためではなく、

人生をおもしろく味わうためにある


これは完全に私の価値観だけど、

私はそういうふうにAIを使える人が増えたら、

もっと楽しい世界になるんじゃないかと思っている。



算数も同じ


これは、算数でも同じだと思っている。


算数も、答えだけならすぐに出せることがある。

式を覚えれば解ける問題もある。

AIやアプリに聞けば、一瞬で答えが出る。


でも、私は子どもたちに、

すぐに式を書かせることを

あまり大事にしていない。


文章を読んで、まず絵にしてみる。

この数字は何を表しているのか。

何がいくつあるのか。

何と何の関係を見ているのか。

どこが同じで、どこが違うのか。


そうやって、

自分の頭の中にあるイメージを

外に出してみる。


すると、

その子が何をわかっていて、

何がまだつながっていないのかが見えてくる。


答えが合っているかどうかよりも、

その子がどんなふうに考えているのかが

見えてくる。


私は、そこを大事にしたい。


なぜなら、そこにこそ

「自分」がいるから。


「式は何?」

「答えは何?」


だけで終わらせない。


「これはどういう場面?」

「この数字は何を表している?」

「何と何の関係を見ている?」

「なんでそう思った?」


そうやって、問いながら考える。


それは、単に算数ができるようになるためだけではない。


もちろん、結果として考える力は育つと思う。

応用力もつくと思う。


でも、それ以上に私は、

子どもたちが世界をおもしろがる力を持てたらいいなと思っている。


正解を急がず、

目の前のことに「なんで?」と立ち止まり、

自分の中に生まれた問いを大事にする


そういう経験が、

AI時代を生きる子どもたちにとって、

とても大切なんじゃないかと思う。



AI時代に必要なのは、

AIを使える子になることだけではない


本当に必要なのは、

AIに何を聞きたいのかを自分で持てること


自分の違和感を大事にできること。

「なんで?」を手放さないこと。

出てきた答えをそのまま受け取るのではなく、

「本当にそうかな?」と考えられること。


つまり、問いを持つ力


AIは、問いがある人にとっては、

ものすごく面白い道具になる。


でも、問いがないまま使うと、

答えを出すだけの道具になる。


そして、答えだけをもらい続けると、

自分で考える時間がどんどん減っていく。


私はそれが少し怖い。


だからこそ、子どもたちには、

正解を急がず、

わからないことに出会い、

モヤモヤしながら考える時間を持ってほしい。


「これってどういうこと?」

「なんでそうなるの?」

「自分はどう思う?」


そういう問いを、

自分の中に持てる人になってほしい。


AIを使うか使わないかではなく、

AIを本当の意味で自分のために使えるかどうか。


これからの学びで大事なのは、

そこなのかもしれない。


私は、子どもたちには

「人生をうまくやるための力」を

つけてほしいいうより、


世界っておもしろいな、

考えるって楽しいな、

自分の中から問いが湧いてくるってワクワクするな、

そんな感覚を持って生きてほしいと思っています。


算数は、その入り口のひとつ。


答えを出すためだけの算数ではなく、

世界の見方が少し変わる算数。


そんな学びの場を、

まなべるあそびばでつくっていきたいです。


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