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算数で大事なのは、正解できたかどうかではない

更新日:3 日前

まなべるあそびばでは、

毎回どの問題に取り組むかを

子ども自身が選んだり、

私が選んだりしています。


同じ学年でも、

取り組む問題はそれぞれ違います。


でも今週は、

1年生・2年生・3年生みんなに

「筋肉豆腐問題」をやってもらいました。



こんな問題です


朝早く目覚めたガンバルドンは、 どういうわけか、突然もっと筋肉を付けようと思い、 どうしたら筋肉が付くのかを色々と調べました。 その結果、筋肉豆腐の半分がたんぱく質で、 そのたんぱく質の半分が筋肉になることをつきとめました。 では、100gの筋肉を付けるには、 筋肉豆腐を何g食べるとよいでしょう?



抽象度が高めな問題です。


ちょろっと読んだだけで

「え、なにそれ」

「やりたくない」

「絶対むり」


と、アレルギー反応が出やすい問題。


実は今までも

「やってみようよ〜」

と誘ってきたけど、

手をつけてくれなかった問題でした。



2年生3人組、なぜかスイッチが入る


そんな中、2年生の3人組が

「一緒の問題やるならやる!」

という流れになり、

挑戦スタート。


まずはとりあえず、

豆腐を描く。


もう絵を描くことに抵抗感ある子はいません。


「半分の半分」までは描ける


豆腐 → 半分 → さらに半分


ここまでは、

3人とも絵図でちゃんと

表現できました。


「ここが筋肉になるんだよね?」

まではOK。


でも次。


「100gの筋肉をつけるには?」


ここで、ピタッと止まります。


  • 筋肉が100g

  • でもそれは「全体の一部」

  • じゃあ元(筋肉豆腐)はどれくらい?


全体に割り戻す発想が、

なかなか出てこない。


本当はノーヒントで行きたいところだけど、

今回はちょっとだけ助け舟。


「この絵の、どの部分が100gだと思う?」



あっ!が起きた瞬間


しばらく悩んで、

絵をじーっと見て、

絵に描きこんだりして…


「あっ!」


「ここが100gってことは、全部で400じゃね?」


絵の中の“小さな一部分”と

“全体”がつながった瞬間。


この「あー!」の顔、

ほんとにいい。



さすがの3年生、別ルートで正解


一方、3年生。


この子はいつも

具体的に数字をいじくってみたり、

仮説を立ててとりあえずやってみるが出来るタイプ


今回は、


「豆腐一丁を100gってことにしよ」


と、お得意の自分設定で考えてみる作戦。


  • 筋肉は25g

  • 25が2つで50

  • それが2回だから…


「4ついるじゃん!」


ノーヒントで正解。


考え方は全然違うけど、

たどり着いた答えは同じ。




正解できたかはどうでもいい


この問題、

みんな「楽しかった!」と言っていて、

終わった後の達成感がとてもよかった。


「これ家に持って帰って、自慢する〜」

と言ってくれた子も。


正解したから楽しい、じゃなくて

わからなかった → 考えた → わかった


このプロセスそのものが楽しい。


どんな考え方でもいい。

分からなくてもいい。

間違えちゃってもいい。


考えた分だけ、

思考回路はちゃんと育っている。


それが、

子どもたちの絵と表情から

よく伝わってきた時間でした。


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